幼少期から社会人になる迄に、特に小学生や中学生のころにあった非人道的な行いやいまではありえない当時の勝手な自意識と常識によって実行されてしまった行為。
それぞれの日本人がもつ、ネットに転がっているような強烈な体験談。
今まで行ってきた人に言えない悪行というのは、みんな一通り何かしら持っている。いわゆる人に言えない「やらかし」とされることもある。全員が等しく持っていて、捕まった人、親や教師に怒られた人、墓まで持っていくつもりのひとや、武勇伝にして語りだす人もいる。それの善悪は置いといて、私は私の過去を整理したくこの記事を書く。
①幼稚園時代
好きな男の子が3人いて、バレンタインに工作したお菓子風のいわゆるバレンタインチョコの紙を3人に贈った。
それ以外では、後ろから馬とびの馬の状態の私の下半身を撫でさせたことがあった。興味本位だった。
②小学生時代
家が徒歩30分で遠く、通学路は最初の集団下校で地図を広げたところ馬鹿にされたことがあり、自分の家も新築で引っ越したばかり、笑われたことを恥じたし、泣いた。親と予行練習で通学路を歩いたかどうか定かではないが、母親や先生にはもうちょっと徒歩30分の重みを知っていてほしかった。6歳の私には自宅まで正確に帰れるわけがなかった。
途中からは近くの団地に住む男の子や女の子と一緒に帰った。
女の子と解散した後、男の子と二人で公園から徒歩5分ほど一緒になった。
何度かパンツの中を見せたことがある。見せてほしいといわれたような気もするし、自分で見せたような気がする。いずれも低学年のころの話である。
小学2年、3DSのブラウザから掲示板で3DSのフレンドコードを交換し、知らない人といつの間に交換日記をしていた。ジャニーズJrのオタクの中高生や、ロリコンを自称するRという25歳くらいの男ともやり取りしていた。Rはいわゆる斎藤さんで釣りたいような、やり取りしているところを友達と見せ合って笑うような対象、おもちゃであった。しかし、自分は、部屋で裸の写真を撮り、いつのまに交換日記で送信した。いや、送信しようとして間違えて友人に送ったような気もする。SOSとして、もしくは送ったつもりで間違えて友人に送ってしまったような気もする。ただ、どんなポーズでどんな格好をした写真を送信したのかと、焦ったことはよく覚えている。
小学高学年のころ、ちょっとませた女の子、Mちゃんと一緒にローカルなスーパーの2階にある百円ショップでポイした。ポイという通称で、そういう行為をしていた。周りには駄菓子屋やTSUTAYAの文具をポイする人がいるという噂もあって、私たちは数回ハマッたものの、すぐやめた。
③中学生時代
iPadを使い斎藤さんでキモイ男性をおもちゃにすることを覚えた。友達は気持ち悪がるので、ひとりでやることもあった。
理科の時間に班の後ろの図工室みたいな椅子にすわっている男の子と足や手で触りあいをしていた。理科はそんな時間だった。そのクラスのその男子が同じ班のときだけに行為していた。
エロ垢をつくり、下着だけ投稿したことがあった。今そのアカウントは思い出せないし、消したかも覚えていない。
Twitterのドラムスキーみたいな雰囲気のやばそうな人が、私のいる地方に来ているツイートをしていて、DMが来た。会いませんかみたいな内容だった。私は会えますよーとのんきに返したが、自分が未成年であることを言わないと怖いと思い、話して、やっぱり会えませんと断った。近くのここにいますという話まで言っていたから、走って帰宅した気もする。
中学2年の春にはじめて彼氏ができた。みんなの中で静かに笑ういい子で、肌が白くてかわいいので推していて、みんなの前で告白したら、OKをもらえた。部活の先輩の弟だった。姉に交換日記をみられたり、壁ドンや上に座るなどをみんなの前でした。映画のデートなど、一緒に帰るなどしたが、キスとかはしていなかった。
彼氏と付き合ってすぐ、外部クラブで野球をしている苦手で嫌いな男子が自分にしつこくエロ話をしてきていた。顔も嫌いで、性格も嫌い、コンパスの針で授業中に腕に何か書いて、その様子を脅しながら見せてくるような危険で気持ち悪いやつだった。わたしは変わらず性に興味があって、夏休みに家に呼んでSEXすることになった。うまくいったかは覚えていない。午後から部活だった。アップのランニング中、まだ入っているような違和感を今も覚えている。血が出るという話だったが、一つも出なかった。初経まだきていないし、避妊していなかった。どう終わったか覚えていない。キスは無理と断った。やるの怖かった。やるかどうかという話を計画しているときだけが楽しかった。私の下着を上だけつけていたシーンを思い出す。しているときに動画をとられた。消してといった。そのあと告白されたが普通に断った。そのことはばれずに普通に最初の彼氏とは3か月ほどで気まずくなって別れた。
10月くらいにうわさは広まり、女友達や応援団の仲が良い男子まで真実を確かめに聞いてくるようになったが、私は浮気だし中2でするなんて隠したかったから、必死に否認した。ただ、高1になるころはもう手遅れで否定することはなく自分で考えてという返しをしていた。高1になってそう返した人と交際したが、特に恋人っぽいことはせず、3か月ほどで別れた。
③高校時代
中3のころ通っていた塾が好きで、その塾にハマったおかげで県で一番の偏差値を誇る高校に進学できた。
入学前の春休みにTwitterで大学生バイトしていた人を発見し、DMして連絡とり、カカオトーク、LINEと連絡手段を発展させていった。好きになった。寝落ち通話をして、就活を応援して、朝バス停に行くまでの歩く7分間、学校について1時間目が始まるまでの時間も通話していた。依存していた。彼の前の実家がまだ空き家で存在していて、そこにいったとき下半身を触られたりしたが、性的な行為は犯罪だからできないといわれて安心とさみしさでいっぱいになった。ライブにも何度か一緒にいったり、夜中に家の前に車で来てくれて、マスク越しにキスしたこともある。向こうが風邪ひいていたか何かで。バレンタインにチョコレート屋さんのチョコをあげた。ゴディバなんかではなく老舗の地元のショコラティエだ。彼が経済4年になったとき、麻雀仲間の1年生と付き合って、私はもう会えないといわれて闇落ちした。彼はほかの塾の生徒にも連絡をしていて、それが塾長にばれてスクショしたコピー用紙を突きつけられ、解雇されていた。
闇落ちしたあとは、私の友達がわざわざインスタのDMでどういうつもりだったのかと問い詰めてくれたが、私はそれに対して激怒してしまい、2年からは疎遠になっていった。
高2の恋愛や性に関するおもいではあまり思い出せないが、エロ垢か出会い系でしらないおじさんの車に乗ってドライブしたことがある。塾の近くのコンビニから乗って、制服のまま何か話して、それでエロいことしたいとかつぶやいてるんだ、とか言われた記憶はあるが、おじさんは禿げていたし車で流す曲が若い子向けにしてみたとかいっていたがまったく好きな系統ではなく、家の近くの駅に止めてもらい、二度と会うことは無かった。自分の中では危険な分岐点であったが、悪いおじさんではなかったように思えている。足を撫でられたかもしれないが。
高3で1年以上付き合う彼氏ができたが、しっかりと恋人のすることもして、処女とうそついて、それも疑われたが否定して、大学1年の夏に別れた。
④大学生時代
何人か好きになって、性的関係に持ち込むが、ことごとく振られた。春野あゆみ(遍歴の記録)をiPhoneにメモっているが、13人ほど関係を持った。例の塾講とも東京に泊まるときの口実として何度か寝た。その13人の内2人は彼氏で、その他はマッチングアプリが数人、他はサークルのひとがほとんどだ。寝た中にも不同意なものが何個かあって、断れずにしてしまい、解散して傷つき泣いたこともなんどもある。闇のヤリマンであって、光属性ではなかったと今ならわかる。
自分の自傷行為としてのSEX、ただエロいことをしたいという意味ではない接近、中には好きだったからした人もいた。
辛かった。
それを音楽に救ってもらいながら、いまではおかしなことだと理解できて自分を守れる。断ることも慣れてきた。
大学4年になってから、セクキャバのバイトを始めた。水商売をせずに社会人になることがなんかいやで、毎月ライブに東京へ行くので遠征費や生活費に困りたくなかったからだ。サークルでもいざこざがあって辞めたり復帰に失敗したから、もう大学生活へのあきらめもあったのだろう。変な人になるならとことんやりたかった。
タイ料理バイトと両立しながら始めた。彼氏にはバーのバイトとごまかした。
週2はマストで入り、レースクイーンが主な衣装だった。Sが1000円、Lが2000円。バックは200円か400円。指名、延長、シャンパンなどでそのバックも変動する。時給は3500円。待機時間の方が長い日もたくさんあった。女の子たちとはあまり話すことはなかったが、特にいじめられることもなく、大学生という身分を明かすと賢いやん!と褒められた。お客さんにも大学や出身地などとくに隠すことはしなかった。
ボーイが怖い人もいたし、家の前ではなくコンビニに送迎してもらった。全員ブロックしたが、いい思い出だった。やばい客もいたし、自傷してる女の子もいたし、12時超えて来店するようなひとはみんなめんどくさかった。酔ってゲロしかはかないやつ、下半身を露出しだすやつ、あかぎれした指で執拗にさわってくるやつ、車いすで来店してずっと無言で、からだを自分側に寄せようとしてキスしようとしてくる怖い男、ブスだなんだといってくるやつ、キスはちょっと、とやんわり拒否すると机をたたいて逆上してくるやつ、VIPでいいよといってパンツの中にてをいれてくるやつ。私の勤務していた店は上は脱いでよく、キスまでOK、したはおさわり禁止のルールがあった。一人、北海道大学出身の指名客はかなりいいひとだった。中小企業診断士の勉強をして、一回落ちていた。同伴とは別で、ご飯に行った。他に、音楽の趣味がちかい60近いおじさんがいて、サニーデイのライブに一緒に行ったりフジロックで再会を果たしたりした。
最終的には飛ぶ形で消えた。3月まで入るといったが、もうその店で働く意味はないと感じていた。というか、卒論のあれこれ、単位のあれこれでそれどころじゃなくなったのが事実。鬱になっていた。
⑤社会人
大学のサークルの同期を好きになった。何度か大学の県に通って泊まりに行ったが、好きだけど付き合えないというお決まりの常套句で、振られた。
そのあと、ある程度まともに、大学時代の先輩と遊んだりして寝た。好きになったが、寝たくなかったので始めて寝るときにこうしたらもう会えなくなる可能性、壊れる可能性とかの話をして泣いたが結局寝てしまい、浜松まで通う羽目になったりしたが、もう会えないといわれ傷つきブロックして疎遠になった。しかし今女の先輩の計らいのおかげでキャンプに行こうという話がでており、またいつか会える予感がしている。
そのあとは特に好きな男性をつくらずすごして、ひとの紹介やマッチングアプリで婚活風の恋活を進めていたが、うまくいかず。割り勘であまり好きになれない。友達から好きになることばかりの私の形成された恋愛スタンスでは、マッチングアプリは続けられなかった。
ここまでが今の恋愛までの、懺悔を含めた遍歴だ。
彼氏の犯罪を機に、自分を見つめ直したかった。自分はこういう人間としていきてきて、問題を抱えていると思う。カウンセリングしたいと何度思ったことか。
それでも今を楽しむことで生きていく。そうするしかない。グレーゾーンだからだ。それでも年齢によるもので治癒していくとかいわれて、自分でもましになっている自覚があるし、選び方もましになってきたような気がする。その人の性格とか真の人との向き合い方をみて、付き合いを決めたい。飾りばかりではいけないし、大人は変わり続ける必要がある。
今までのこと全部はなせない。はなせないから、ここに整理した。
以上